人生最大の岐路

最近ペットブームである

ペットの犬たちは食べる不安何もない

決まった時間に食事を与えられ、決まった時間に散歩をし、あとは犬小屋で庭で寝そべっている。
しかし犬たちは本当にそれで。喜んでいるんだだろうか。
身の危険にさらされながら果てしない原野を駆けめぐっていることの方が、
本当は幸せものではないだろうか。
人間も、いっさい何の不安もなく危険もなければ、したがって気苦労することもなく、努力する必要もない
そんな境遇に憧れるものである。
しかしそんな状況で、果たして力強い生きがいが。生まれるのであろうか。
次々に困難に直面し、右にしようか左にしようか不安な岐路に立ってこそ、自分の持っているあらゆる力
を注ぎ、命をかけて切り抜けて行く。
そういう生き方にこそ充実した張りのある人生があるのではないだろうか。

私は最近思う

私は毎日「真剣勝負」で生きているだろうか。

「真剣勝負」とはまさに切れ味鋭い真剣で勝負するということだ。
一つでもミスをすれば。相手に斬られ、命落とす。
それが「真剣勝負」というものだ。
もう一歩も下がることができないそういう状況下においてこそ人間は最大の力を発揮し、本当の知恵が
湧いてくるのではないか。
私も脳卒中で倒れて、大きな岐路に立った。
会社の破産し、自己破産、しかも体は障害者となり働く道もない去年の春ごろは収入の道も閉ざされ
これからどうして生きていけば良いのか本当に苦しんだ。
そして残った右手だけで何かできることはないか。幸い脳卒中の後遺症に、言語障害や知能障害は
残らなかった。知能はそのまま残った。
だから必死で考えることができた。そしてありとあらゆる生き方を考え、模索した。
自分が持っている人的ネットワークにあたり構わずアプローチした。
そして何ができるか考えに考えた。
不思議なものであるそうしているうちに、いつの間にか徐々に道が開けてきた。
幸運だったと思う。
このまま一生寝たきりだと覚悟し、生活保護を受け、貧しい生活を覚悟し、生きる意欲を失った時期もあった
でも今こうやって、新たな事業を進めている自分が不思議だ。
もうすぐビジネスの打ち合わせのために上京する予定だ。
去年の春ごろには到底考えもできなかったことだ。
手も動かず、歩くこともつらいが、再び上京できる自分に回復してきたことに感謝と共に驚いている。
人間って意外と強いものだ。しかしこういう大病に遭遇したからこそ、強くなることができたのかもしれない。
45歳で脳出血で半身不随の障害者になったことは僕の人生において最大の岐路であり、
生き方を変える最大のチャンスだったのかもしれない。