自ら作ることより、手に入れること

最近、僕の息子が夢中になっているアニメ番組「ポケモン
を見ているとき、家内が何気なく言った言葉に考えさせられる事があった。

「この番組、私的には嫌いなの。なぜかというと自分が戦わずしてポケットモンスターという自分ではないものに戦わせて、自らは努力せず傍観者の立場だから」

う~んなるほど・・考えさせられた。

そういえば最近の息子のおもちゃ見ていると、「自分で工夫して作る」というものが非常に少ない気がする

もう一つ息子はベイブレードというものに夢中だ

これは昔のベー駒のようなものだ。

これにしても、既に作られたものを欲しがる。既に作られた「強い」商品を欲しがる。
そこには自分の工夫は何もない。
駒をま回すにしても昔のように自分の腕を磨くということはしない。

シューターという回す機械に依存している。
うまく回るシューターを手に入れたがる。


息子にとっては「手に入れる」ことが重要なのだ。

こんなところに日本のモノづくり産業の衰退を危惧してしまう。

現在半導体製造は日本は韓国に追いぬかれてしまった。

しかし、それは韓国自身が半導体製造技術を1から工夫して開発したものではない。

日本の技術者が工夫に工夫を重ねて開発した生産ライン、生産ロボットを一昔前日本が生産拠点を海外に移す際に、手に入れ「入手」したものを模倣しただけなのだ。

日本の金属加工技術は世界一である。

たとえば1番最初の金型作りは、日本の職人さんにしか作ることができない
しかし、いったん金型ができてしまうと、
その各地の金型を「入手」すれば模倣することは簡単に可能だ

最近の円高による日本の生産拠点の海外移転による技術流出が懸念されているが
自ら工夫に工夫を重ね、自らの経験と努力にあってものを作り上げるという精神さえあれば、

日本の技術力はそう簡単には負けないと思う

だからこそ未来を担う子供達が自ら工夫しておもちゃ作り、その工夫力で戦うということを
忘れ、「入手」することだけに必死になっている姿を見ると憂慮してしまうのである。
これは金さえあれば手に入れることができるという発想につながりかねないと感じてしまうから・・