生きてい証

最近、ケンカできる自体生きている証拠だなって思うようになってきている。

ブログで誹謗中傷されて怒ってみたり、そんなことをできること自体が生きている実感が沸く。
後遺症の痙攣発作が起きているときには苦しんで、苦しんで。苦しんで、そんなことさえできない。

もし、2年前、もし2年前の出血で死んでいたら、怒ることさえできなくなっていた。

今、ケンカできることにさえ感謝・・
宇宙からみれば、僕の存在なんて、僕が怒っていることなんてちっぽけなもんだよ

中国がでかいというけれどちっぽけな国土だよ、13億人・・宇宙の星の数に比べればちっぽけな数

中国と日本が尖閣諸島の領有権争っていることさえ、宇宙から見ればちっぽけな出来事、


人間やっていることなんて・・おもしろいよな

常時再出血による「死」に向き合っていると

高杉晋作
「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり」

と書いた気持ちがわかる気がする。


五体満足な健常者同士がいがみ合って・・・

おもろいな人間って・・