漠然とした不安と根拠のない希望

人間は根拠のない希望で生きることができます。

逆に漠然とした不安にかられて死んでしまう人も多々あります。

こういった「漠然とした不安」を感じるという人は、とても多くいるのではないでしょうか。
はっきりした原因があれば、不安を解消するための対策も取れるのですが、漠然とした不安というのは、これといった原因が思い浮かばないから、とても厄介に感じるのです。

漠然とした不安を感じる根本的な原因は、潜在意識の中に蓄積されたマイナスのイメージだと思います。
私達は、自分の潜在意識の中がどうなっているかを直接に自覚することができませんから、信じにくいかもしれませんが、潜在意識に蓄積されたマイナスのイメージが、漠然とした不安の大元の原因だと思います。あの芥川龍之介さんも自殺の動機として「僕の将来に対するぼんやりした不安」と記しています。
では、この厄介な「漠然とした不安」を消し去るにはどうすれば良いのでしょうか。
これは私なりの解決策ですが、それは根拠のない希望を持つことだと思います。

不確実性の世の中における「根拠のない希望」が大切ではないでしょうか
人間は「根拠のない希望」を持つことができるものだと思う。でなければ生きていけない。
ほとんどの人は「自分は70歳くらいまでは生きるだろう」という「根拠のない希望」を
持って生きているのだと思います。
誰も「明日死ぬかも知れない」と思いながら生きてはないでしょう。

しかし現実は「明日死ぬかも知れない」というのが真実だと思います。
でもそんな事ばかり考えていては不安で不安で生きていけません。
それを人間は「根拠のない希望(たとえば自分は明日絶対に交通事故に遭って死ぬ事は無いという根拠のない希望や自身)」によって消し去ることができると思うのです。

私の場合は何でも良いから未来に自分なりの希望を無理矢理作ってしまいます。
しかし、それだけでは不安は解消されません。

ではどうするかというと、その「根拠のない希望」を人に話すのです。
人と希望について、コミュニケーションをとるのです。

そうすると不思議と「根拠のない希望」が確信のある希望に思えてくるのです。
私にはそれはなぜかわかりません。
これは私が障害を負ってから将来に対する強烈な不安を解消し、生きていくために身についたものだと思います

そういった意味で人間にとって人とのコミュニケーションは非常に大切だと思います。
以前にも書きましたが、根拠のない希望でも希望を持つと心が前向きになり、意欲が湧いてきます。
そして意欲は創造の源泉だと思います。どんなに頭が良く、知識があっても、意欲がなければ何も発想がわいてきません。「漠然とした不安」を持つことは百害あって一利なしだと思います。
「原因の明確な不安」は問題ありません。その問題を取りすればよいわけですから・・

現在の日本は根拠のない希望でも良いから語り合うコミュニティーが非常に少ないように思います。
人間は一人でいると、そして孤独な状態に置かれると「漠然とした不安」が増幅してくると思います。
最近の日本で自殺者が異常に増えているのは、こういったところに原因があるのではないかと感じています。つまり孤立化社会になってきているような気がします。昨今の経済不況などよりも、こういった孤立化社会こそ自殺者増加の大きな原因ではないかと考えています。
根拠の無い希望でも良いから、もっとみんなで未来を、希望を語り合おうではありませんか。

その意味で今のメディアの責任は非常に重いと思っています。
あの元ニュース解説者で評論家の三宅さんが言っていましたが、「人の不幸がニュースになる」
とかくメディアは不安を煽りがちです。
私自身もテレビの報道番組を一人で見ていると言いようのない「漠然とした不安」が増幅してくることがあります。確かに国の暴走を食い止める批判勢力としての役割も大事でしょう。
でもやたらと不安を煽る今のメディアもどうかと思います。

根拠の無い希望でも良いから、もっとみんなで未来を、希望を語り合おうではありませんか。
そうすると不思議と不安が消え去り、希望に確信が持て始めるのではないでしょうか。
世の中がどんなに不景気でも、どんなに苦しい状況でも、希望は持つことができると思います。
逆にどんなに豊かな社会でも不安が完全に消え去ることはありません。
世の中は、未来はそんな確実なものではないからです
そんな中でも希望を持つことができるのが人間だと思います。



なぜなら希望とは人の心の中にあるものだからです。