海洋の浄化

こんな皮肉なことはないだろう。海洋はわれわれ陸上の生命も含めたあらゆる生命が誕生した場所である。ところが、陸上で生活する人間たちは生命の誕生場所である海洋に、あらゆる汚染物質を送り込んでいるのだから。
海はあらゆるルートから送られてくる廃棄物の終着駅でもある。工場や農地、家から出てきた汚染物質は地下水や川を伝わって、やがて海に流れ着く。海岸から廃棄物を捨てる輩だっている。これらの廃棄物や汚染物質は、最初は陸地に近い海域をさまよっているが、やがて海流にのって世界中へ広がっていく。空からも汚染物質は運ばれてくる。風に乗って運ばれた汚染物質は、やがて海に落ちるのである。

 を使って糞尿や廃棄物を海に捨てることも平気で行われてきた。タンカーが座礁して流れ出る重油もあるし、船体に塗られている塗料から溶けだしてくる有機スズのような汚染物質もある。

これらの廃棄物や汚染物質から海を守るために、数々の国際的な条約が作られてきた。代表的なものはロンドン条約、マルポール73/78条約、国連の国連海洋法条約がある。ロンドン条約は陸上で発生した廃棄物などを捨てたり、海上で焼却処分することなどを防止するための条約である。対象となっている廃棄物には、産業廃棄物、有害な化学物質、重金属、高レベルの放射性廃棄物などがある。

マルポール73/78条約は、船から発生した油や船舶からの有害廃棄物の投棄を規制する条約である。石油タンカーなどの座礁による重油流出による海洋汚染に対してはOPRC条約がある。

国連海洋法条約は、生物資源や人、あるいは海洋活動全体に対して有害な結果をもたらすおそれのある物質を海洋へ持ち込むことも含め、海を汚染から守るための条約である。とくに海洋汚染の原因を、陸上、海底活動、深海の活動、投棄、船舶、大気に分類して、それぞれの汚染ルート、汚染源についてその対策を設けている。

これら海洋に関する国際的な保護条約というのは1950年代から誕生してきた。こうした対策や条約が必要なほど、われわれは海洋を汚してきたのである。
日本にとって海洋汚染でもっとも忘れられないのは1997年に起こったロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」による日本海重油流出事故である。それまでも重油流出事故は日本近海であったが、この事故は海洋汚染のすごさを見せつけたのである。

 流失した重油から海岸や海洋生物を守るために、オイルフェンスをはったり、吸着剤などを海上にまいて重油を回収しようとしたが、その効果はほとんどなく、福井県などの海岸は油まみれとなった。

 結局のところ、もっとも効果的だったのは、海岸に漂着した油を、ひしゃくやバケツを使って人海戦術で取り除くことだった。そのために多くのボランティアが活躍したのである

上に浮かんだ重油の広がりを防いだり、重油の回収のため、オイルフェンスや重油吸着樹脂の開発が行われている。ポリウレタン樹脂で吸着回収する技術を開発したのは東洋ゴム工業である。ポリウレタン発泡体を短時間に作り、流出した油を吸収し、回収処理を行う。だが、こうした方法では海岸に漂着した重油には応用できない。

 界面活性剤を使って海岸を覆い尽くす重油を分解するという方法もあるが、その後の海洋環境に対する影響が大きいと指摘されている。

 このため注目されているのが微生物による重油の分解である。日本海で発生したナホトカ号の重油流出事故の際には、熊本大学オッペンハイマージャパン、昭和シェル石油、富士包装などが共同で微生物処理技術を導入した。ただし、これらは試験的に行われたものであり、はっきりとその浄化が確かめられたわけではなかった。

 その後、環境庁重油汚染に対するバイオレメディエーションの利用にともなう指針をまとめた。

 大林組クウェートのブルガン油田で、油に汚染された地域を微生物を使って浄化するプロジェクトを進めている。この地域の土壤から油分を分解する微生物を見つけだし、それを活用した。汚染された土壤の空気の通りをよくし、微生物が働きやすい環境にしてあげるだけである。土壤の安全性を確認するため、約3000平方メートルの浄化した土にブーゲンビリアや大麦を栽培した。生育結果は順調で、バイオレメディエーションで処理した土であっても、緑地として使えることが分かった。通産省系の石油産業活性化センター、クウェート科学研究所との共同プロジェクトである。

竹中工務店や鹿島も油に汚染された土壤の微生物浄化技術を開発している。

海洋汚染物質である有機スズ化合物は毒性が非常に強く、すでに使用禁止になっている。かつては船舶などの船底には有機スズを含んだ塗料が多く使用されていた。有機スズがあると貝などが船底に付着しないからである。しかし、禁止される前に海洋に溶けだした有機スズは海底の汚泥にたまっている。これらが海洋の生物に影響を与えることが心配されている。中国工業技術研究所(独立行政法人産業技術総合研究所四国センター)は、有機スズを分解する分解菌を発見、研究している

海は広い。だから少々、ゴミを捨てても問題ないだろうと、人は思っている。廃棄物で問題になっている建築廃材や廃棄された自動車を海に捨てる連中もいる。これはもちろん犯罪である。牡蠣の養殖業者が牡蠣の殼を不法に投棄して海上保安庁から摘発されたこともある。

 こうした犯罪は別にしても、台風や嵐の後の海岸へ出かけると、あらゆる種類のゴミが波打ち際にうち寄せられている。こうした海のゴミについて、どのくらいの量があるのか、はっきりとしたデータはそろっていない。

 環境庁は2000年になって海岸に漂着するゴミの全国調査「廃プラスチックによる海洋汚染防止対策検討調査報告」を発表した。それによると海岸で見つかったゴミで一番多いのは木片、竹、わら類で全体の65・2%を占めた。次いで多かったのは廃プラスチックの18・3%である。木片や竹などはいずれ分解してなくなってしまうが、問題なのは廃プラスチックである。

 廃プラスチックの中身は、袋やペットボトル、レジンペレットなどであり、その量は年間1万トンから2万トンあると、推定されている。河川から流れてくるものもあるし、日本海側ではロシアや朝鮮半島などから流れ着いてくるものもある。

 あらゆる海岸に必ず存在するのがプラスチックの小さな粒であるレジンペレットである。プラスチックの中間原料として使われているもので、直径が数ミリと小さい。ポリエチレンやポリプロピレンなどが多く、比重が海水より軽いため、海を漂ってどこにでも流れ着くのである。海岸に打ち上げられて汚すだけでなく、魚や鳥がエサと思って食べ、死ぬ被害が出ていることが分かっている。

 レジンペレットがなぜ海にあるのか。そのルートははっきりしていない。プラスチックの工場から河川を通じて流れ出たり、廃棄を請け負った業者が海洋に捨てることもあるだろう。日本にはゴミ投棄船がおよそ1000隻あるといわれている。日本プラスチック工業連盟や石油化学工業協会などが1993年に樹脂ペレットの漏出防止マニュアルを作成したが、効果はあがっていない。

ロンドン条約によって海に廃棄物を捨てるのを中止する業界もある。焼酎業界がその例だ。これまで焼酎の製造工程で出ていた焼酎カスは海洋投棄するのが一般的だったが、2001年からロンドン条約によって全面禁止されることになった。このため焼酎メーカーは焼酎カスの新たな処理方法を考えてきた。宝酒造は工場廃棄物の8割を占めるこれらの廃液をセメントの原料としてリサイクルしている。一気に大量に焼酎廃液を処理できるのが最大のメリットだという。

 焼酎カスといっても、その成分にはタンパク質やビタミンが十分、含まれている。これを生かさない手はないと焼酎カスを飼料にしたり、食品を開発するメーカーもある。協和発酵は焼酎カスを飼料化した。焼酎カスを濃縮し、そこに大豆や菜種などの食用油をしぼった後に出るカスを混ぜ合わせ、乾燥して飼料にする。辻製油(三重県)が再資源化を担当している。この焼酎カスの飼料化ノウハウは無料で同業他社に公開されている。

 三和酒類大分県)は焼酎廃液に含まれるエキスを使い、飼料だけでなく、健康食品などを開発している。

 自治体では家庭から出てくるし尿を相変わらず海へ捨てるところもある。合法的ではあるけれども、あまりに環境への配慮がない、という声に押されたのだろう、し尿などの海洋投棄を中止する方向へ動いている。熊本県水俣市と周辺にある芦北町、津奈木町、田浦町は、し尿や汚泥の海洋投棄を中止し、飼料などに再利用することにした。チッソと子会社のチッソ環境エンジニアリングが運営会社のアール・ビー・エスを設立。微生物を使って、肥料などにする。  奈良県生駒市はし尿や浄化槽の汚泥などをまとめて発酵させる処理方法を導入している。これらの汚物を発酵させるとメタンガスなどが発生する。これを使って発電も行う。