マザーテレサの言葉に思う

たった今ニュースでマザーテレサ生誕100周年のことを報じていた。
マザーテレサは、人間として最もつらいことは人として誰からも必要とされないと感じることだと言っていたそうだ
そのとおりだと思う。去年春リハビリ病院の長期入院から退院帰宅して、僕は[人間として当たり前にできていたことで「できなくなったこと」のあまりの多さに愕然とした。ちょっとした荷物が持てない。靴紐さえ自分で括れない。息子を抱っこできない。もちろん肩車なんて不可能だ。会社も破産した、収入の道は全くなかった。

誰からも必要とされない人間になってしまったと感じた。

本気で死にたいと思った。必要とされないと感じることがこれほど辛いことだとは思わなかった。
そして、まだひとりで外出できる状態でもなかった。一日中自宅にひとりポツンと座っていることが多かった。 生き地獄だと感じた。人とのコミュニケーションができないことがこれほど辛いとは思わなかった。
人間はまさに社会的動物であると感じた。コミュニケーションが取れないのは死んだも同じ。
そしてなんとか人の役に立つことができることをしたいという思いでMY-JAPANのウェブサイトを作った

日本の中小企業の持つ優秀な環境技術や省エネ技術を世界に紹介し、ビジネスマッチングや投資の呼び込みを促進させるMY-JAPAN

僕にはまだ健常な右手があるではないか。と言い聞かせながら新たなサイトを作った。

タイピングスピードは両手が動いたときの十分の一以下。
これでプログラムを改修するのは大変な作業だった。
自己満足に過ぎないウェブサイトかもしれないと思ったが、以前から付き合いのあった会社の社長に話したらコンセプトがよいから手伝うと言ってくれた。
嬉しかった。
そして今、たくさんの協力者が現れている
堺のエンジニアリング企業の社長、
東大阪のモノ作り企業を支援している会社からも支援のオファーが来た。
今年に入って、ニューヨークで米国企業向けに産業ニュースレターを配信している会社からも
米国へ配信させてほしいというオファーまであった、
シカゴの友人からは翻訳を手伝うという連絡があった。夢のような状況だ。
この事業は収益に重きを置きたくない。社会に役立つことができていればそれでよい。


それで僕は十分幸せだ
微力だが役に立てている。7歳の息子とキャッチボールをしたり、水泳息子にを教えたりというような、父親らしいことはもうできない。将来息子にダイビングを教えてあげ、いっしょに潜ることが夢だったがそれも不可能だろう
愛する息子に父親らしいことをしてあげたいけど・・もうそれも諦めた

でも少しでも社会に役に立っている感があればそれでよい。たとえそれが自己満足であっても・・・
このサイトの運営をしていることが僕の今の唯一の生きがいなのだ。
生きていると感じることができる瞬間である。

でもどうせなら成功させたいな。