死とは会話ができなくなること

人間にとって死とは会話ができなくなることだと思う。

人間とは、唯一会話で「つながり」を持つ生き物だと思う。

だから、孤独は死と同じ。


親子も兄弟も社会も会話によってつながり、喜び、悲しみを分かち合える。


孤独ほど苦しいものはない。

僕も半身麻痺の障害を負ってから自宅にいることが多くなった。

妻子が外出すると、たった一人になる  これはつらい、これほど孤独がつらいものだとは思わなかった。

電話でもよい、メールでもよい。コミュニケシーションができた瞬間、
自分の中に生気がよみがえるのがわかる

喧嘩しても怒っても、たとえ、罵り合っても、つながっているのだと思う。

コミュニケーションを断絶したのは死んだも同じ

コミュニケーションを断絶している北朝鮮は死んだ国も同じ。



最近老人の孤独死のyニュースをよく耳にする。

たぶん肉体の死の以前に心が死んでいるのではないるのではないだろうか。
そして生きる意欲をなくし、死に至っているのではないだろうか

孤独で

孤独で

孤独で

そして孤独で誰にも話しかけられなくて

生きる意欲をなくし、死する

そんな悲惨な死に方をさせてはいけない。


これからの高齢化社会コミュニケーションを高齢者との絶やさない工夫が必要だと思う

今、インターネットというものがあるではないか。

これで高齢者社会対策としてリアルタイムな
映像コミュニケーションシステムようなものは国策としてできぬものなのか