今の地球温暖化防止策論は人類のおごりではないだろうか

先程NHKで、水木しげるさんんが大きな影響を受けた言う遠野物語のことについて放映していた。
の内容は天狗、河童、座敷童子など妖怪に纏わるものから山人、マヨヒガ、神隠し、死者などに関する怪談、さらには祀られる神様、そして行事など多岐に渡るそうである。

そこには、現代の日本人が忘れかけている。自然そのものをを神とし、自然への畏れを妖怪にたとえている
物語がある。
人間自体が目に見えない何か「大きな力で生かされている」というものを感じ取り、それに対する敬いの心
や生きていることへの感謝が感じられる。

今、地球温暖化という人類にとって大きな苦境が迫ってきているなかで、人類はその原因をCO2が原因だとし、地球温暖化を食い止めようとしているが、なかなか進まない。

CO2原因反対論者の台頭、経済成長優先派の国や人々からの猛反発

これは考え方によっては、人類が自然をコントロールできるという大きなおごりの結果なのではないだろうかと感じるのである
そもそも地球温暖化の原因なんて、非常に複雑で、簡単に原因に特定できるようなものではない。

地球全体の気候を人類がコントロールしようというのだ・・



もっと自然を畏れ、この大自然に生かされている人間として、自然を「コントロールしようという意識」
よりも、自然を大切にするという心の方が大切なのではないだろうか。

僕は無神論者である。だから、「神」というような「目に見えない力が存在するとは考えていない


脳卒中の経験から「魂」や「霊」といったものは脳の中にあると信じている

しかし、だからこそ、大自然への畏敬の念の心(考え方)が重要なのではないか。

ものを大切にする心、エネルギー・食料などの無駄遣いをあらためる心こそが、温暖化などの自然の脅威から人類を守ってくれるのではないだろか。

環境技術は日本の技術・技術!
と書いておきながら、非科学的な考え方だが、このような心から新たな「自然をコントロールする技術」ではなく「大自然から身を守る技術やアイデア」が生まれてくるのではないか

今の地球温暖化防止策論は人類のおごりではないだろうかと思ったりもしていた今日でした。

目玉親父さんどう思う?

僕も障害者になってから、「何か」に生かされている感がある。
毎日辛いことがまだまだ多いが、生きているということへの感謝と僕を生かしてくれた何か大きな力への畏敬の念は忘れないようにしよう。。

$まだ俺は生きている!脳卒中半身不随の元セブンシーズネット社長の気ままな人間考・エコロジー考-kitarou