怒り・悲しみは心の持ち方次第 心のパラダイム変換で克服できる

先週、どうしても許せないある出来事があった。
僕は怒りに満ち溢れていた

でも今週に入り変わった。

怒りや悲しみに襲われたとき、僕は下記の一節を思い出すようにしている。

見方が変われば、世の中が変わる。行動まで変えてしまう。

「見方を変えれば、世界が変わる。敵も見方になる。不幸ともっていたことも幸せに感じる」

下記は有名な「7つの習慣」の本の一節である

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 ある日曜日の朝、ニューヨークの地下鉄で体験した小さなパラダイム転換を、私は忘れることができない。
乗客は皆、静かに座っていた。ある人は新聞を読み、ある人は思索にふけり、またある人は目を閉じて休んで
いた。すべては落ち着いていて平和な雰囲気であった。 そこに。ひとりの男性が子供たちを連れて車両に
乗り込んできた。すぐに子供たちがうるさく騒ぎ出し、それまでの静かな雰囲気は一瞬にして壊されてしまった。
 しかし、その男性は私の隣に座って目を閉じたまま、周りの状況にまったく気付かない様子だった。
 子供たちといえば、大声を出したり、ものを投げたり、人の新聞まで奪い取ったりするありさまで、なんとも
騒々しく気に障るものだった。


ところが、隣に座っている男性は、それに対して何もしようとはしなかった。私は苛立ちを覚えずにはいられなかった。
子供たちにそういう行動をさせておきながら注意もせず、何の責任もとろうとはしない彼の態度が信じられなかった。
周りの人たちもいらいらしているように見えた。
私は耐えられなくなり、彼に向かって非常に控えめに、
「あなたのお子さんが皆さんの迷惑になっているようですよ。もう少しおとなしくさせることはできないのでしょうか」
と言ってみた。
するとまるで初めてその様子に気がついたかのような表情になり、柔らかりもの静かな声で

「ああ、ああ本当にそうですね。どうにかしないと……。たった今、病院から出て来たところなんです。一時間ほど
前に妻が・・・・あの子達の母親がなくなったものですから・・・いったいどうすればいいのか・・子供たちも混乱
しているみたいで・・」

その瞬間の私の気持ちが想像できるだろうか。私のパラダイムは一瞬にして転換してしまった。
突然、その状況を全く違う目で見るることができた。違って見えたから違って考え、違って感じ、違って行動した。
今までのいらいらした気持ちは一瞬にして消え去った。自分のとっていた行動⇒態度を無理に抑える必要がなくなった。
私の心にその男性の痛みがいっぱいに広がり、同情や哀れみの感情が自然にあふれ出たのである。
「奥さんが亡くなったのですか。それは本当にお気の毒に。何か私にできることはないでしょうか」
 一瞬にしてすべてが変わった。
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この一節は僕に大きな影響を与えています。これを読んだのは15年ほど前の30歳代前半のころで、
仕事がうまくいかず、上司や職場の環境を苦々しく思っていたころでした。
この一節は僕に大きな影響を与えました。

それ以降、苦境に陥ったときや、苦々しい「敵」が現われたときなどは、できるだけ自分の主観でものを見ないように
心がけるようにしている。相手の状況をできる限り推測するようにしています。
アイシュタイン相対性理論ではないが、敵・見方。正しい・正しくないは相対的なものである

自分が正しいと思った瞬間に相手は悪いということになってしまうものである。



すると見方によって気持ちが急に楽になったりやる気が出てくることに気がつくようになりました。
そうなると気持ちが前向きにもなり、アイデアも出てくるようになるものである。

「苦しいときこそ見方を変える」ことに心がけている。

脳卒中による半身麻痺障害を負ったときもそうであった、でもこれにはさすがに時間がかかった。
最近、やっと「試練」と思えるようになっていた。


われわれは外部からの悪には憤慨するけれども

いつも自分の支配下にある自分自身の悪とは

いっこうに闘おうとしない

左半身不随の元セブンシーズネット社長の気ままなひとり言(ハイパーグラフィア)-心