相変わらず落ち込むなぁ

左半身麻痺状態になってから約一年半


よく「障害受容」などという冷たい言葉聞くが、中途障害の苦しみはそんな生優しいものではない。

二度と走れない・・・


二度と泳げない・・

二度とちょっと重い荷物も持てない・・・


サンダルも履けない・・

左手でお茶碗も持てない

人間としてごく普通の行動ができない・・

この苦しみは健常者には絶対に理解できないであろう。

例えばラーメン屋に行くとカウンターの上にできたラーメンを置いてくれる

でも到底スープ一杯の器は片手では受け取れない。

情けない・・こんなことさえできなくなったのか・・

日常生活の中で、普通の人間なら何も考えずに当たり前にできることができない。

朝起きたとき、麻痺足は硬直している・・

必死で立ち上がる。

足首が尖足気味になっているので立てない。

ゆっくりと痺れを我慢しながら立ち上がる。少し時間を置いて痛みが和らぐと一歩踏み出す。

朝から自分の身体との闘いである。

24時間こんな具合だから、気持ちの張りというか「負けるもんか」という気持ち

を維持し続けなければならない。


少しでも気が緩むともうイヤだ・・こんな生き方なら死にたいと言う気持ちがこみ上げてくる。


脳卒中の後遺症とは残酷なものだ。。



これは医者でも健常者である限り、理解できまい。

平気で医者は障害受容が大切という、、


その医者が本当に同じ状態になったら、そう簡単に受容できないと確信する。

この先何年生きるのかわからないが、こんな苦しい、そして情けない思いをして生き続けなければ
ならないのか。。

ある、障害者の方が言っていた

「我々は現代医学にただ生かされているだけだ。こんな生き方に人間の尊厳も何も無い」と・・

それでも生きなければならない。。

左手が全廃なのでお茶碗が持てない。だからお茶漬けすら食べれない

こんな身近な些細な出来事で、まだ、気分が落ち込み、考え始めると抑うつ状態になっていく。

いつかこの左半身は回復するのであろうか


この状態に耐え、生き続けている自分が我ながら強いと思う。


すこしくらい自画自賛してもよいだろう