誰にも分からない

脳出血からもう11年生きている
そう障害者として11年生きている
皆、「僕が脳出血を起こした人」であるのは
皆、「僕が障害者である事」は

「当たり前の事」になっている。

でも僕は今でも「当たり前の事」なんかじゃない

発症当時は皆も「当たり前の事」
ではなかったのだろう。
優しい言葉をかけてくれた。
でも今は皆にとっては僕の障害は「日常」
記憶は風化しつつある。
それはある意味「日にち薬」としては
良い事なのだろう。

しかし何故かその事に空しさを感じる。

何故だろう。